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ファッション/アウトドア/音楽/ミニマリズムなど

ヴェトモンとラフシモンズの交わるところーポストパンクとバウハウスのミニマリズムー

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(Vetements 2016-17AW)

 ⑴ヴェトモン/「ロシア的なもの」の服装化

〈マルジェラの再来〉とも言われ、現在のモードで最も力強いクリエイションを放つブランドのひとつ、デムナ・ヴァサリアの<ヴェトモン>。マルジェラやルイヴィトンでデザインの経験を積み、自らのブランド<ヴェトモン>を立ち上げて4シーズン目、デムナはアレキサンダー・ワンの後任としてバレンシアガのデザイナーに就任する。東京の街中で見かけるようなビッグシルエットのMA-1もヴェトモンが仕掛け人だ。ピタピタのロンTにダボダボのワイドパンツ、ビッグシルエットのMA-1に細身のパンツ。スケーターやヒップホップなどストリートを感じさせる配色。マルジェラの衣鉢を継ぐ彼のマインドは、どこか昔のマルジェラっぽい。そしてラフシモンズっぽい。何か既視感を覚えるその感覚の背後には、ヴェトモンのスタイリストであるロッタ・ヴォルコバという女性の姿があった。ロッタはロシア出身で、同じくロシア生まれのストリート=モードブランド<ゴーシャ・ラブチンスキー>のスタイリストも手掛けている。どうも「ロシア的なもの」がキテいる。その源泉はどこにあるのだろうか?

冷戦崩壊以前、ロシアは他国の文化を受容しない社会主義国家だったため独自の文化を醸成していた。服装の配色も指定されていたという。冷戦崩壊後、レイヴやヒップホップ、ゴスなどの文化が一気に押し寄せてくる。それらの激動の変化の只中に、デムナもロッタも居た。その時の様子をThem Magazineでデムナが「突然世界が開けた」とインタビューで語ったとおり、今までの社会主義的なファッションとユースカルチャーの出会いが見て取れる。そこから生成されたものがヴェトモンのエッセンスに他ならない。ヴェトモンがリアルクローズとして街着として着ても問題ない衣裳=意匠である背景にはレイヴやスケーター、ヒップホップのバックグランドが透けて見えるからであり、サンローランのエディスリマンに代表されるような<少年性>や<ロック>とは別のスタイルとして定位される。なるほどヴェトモンは「現代ロシア的なもの」の解釈と言っても差し支えない。では「ロシア的なもの」とは何か? いかにして「ロシア的なもの」は解釈されうるのか? その源泉を辿るには、ちょっと回り道を経る必要がありそうだ。

 ⑵ラフシモンズ・リバイバル/ポストパンクの継承

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(RAF SIMONS 2016-17AW )

最近「Them Magazine」や「STUDIOVOICE」で<ヴェトモン>と同様にプッシュされているラフシモンズ。リバイバルの予兆がある。かつてジルサンダー、ディオールのデザイナーを遍歴した輝かしい功績を誇るラフ。最近は全くフォローしてなかったのだが、ここに来てニューオーダーやジョイディビジョンつながりで気になり始めていた。ラフはベルギー生まれ。まだネットも普及していない時代、ラフはレコード屋でニューオーダーのレコードを見つけたり、パリのマルジェラのコレクションに足を運んだりするキッズだった。地元にはラフを喜ばせるものはなく、イメージソースは自らの想像力を最大限に働かせて内省的妄想に耽っていたという。おそらくユースカルチャー、あるいは<青臭さ=ストリート感>をモードの世界に取り込んだ一人はおそらくラフシモンズだった。ヴィヴィアン・ウエストウッド=マルコム・マクラーレン的「パンク」というよりも「ポストパンク」だ。鬱屈や情動を爆発させるのではなく、ジョイディビジョンの音像のように内省的に情動を向かわせるような。アンドゥムルメステールやリックオウエンス、ドリスヴァンノッテンのような耽美的な感覚と、ジルサンダーやヘルムートラングのミニマリズム、そしてマルジェラの脱構築的でストリートなスタイル。個人的にはジルサンダーとマルジェラを足して2で割ったようなイメージがあるが、そのどちらでもない何かが彼の思想にはあると感じる。彼の思想の源泉はどこにあるのだろうか? そして私が<ヴェトモン>を見たときにラフシモンズを感じた要因は、どこにあるのだろうか? その源泉を見出すためには、またちょっとした迂回路を経る必要がある。鍵となる思考は<バウハウス>だ。

⑶バウハウスとロシアアヴァンギャルドの交差

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ラフはポストパンク・バンド「バウハウス」をコレクションのイメージソースとしていた時期がある。ここからは私の仮説になってしまうのだが、やはりバンド「バウハウス」もジョイディビジョンのポストパンク的な精神も、実は本来的な「バウハウス」の精神と親和性があるのではないか? それについて述べてみたい。バウハウスといえば1919年、DWB(ドイツ工作連盟)メンバーだったグロピウスが建てた美術、建築、工業、工芸など広義のデザインを実践的かつ理論的に学ぶことを可能とした初の専門学校である。そこでは先進的なデザイン教育がなされ、講師としてカンディンスキーやクレーも在籍していた。

ここでカンディンスキーに着目したい。彼はロシア構成主義=ロシアアヴァンギャルドの流れを汲むアーティストである。ロシアアヴァンギャルドとは1900年代初頭に生起したモダニズム運動の一つであり、世界で同時多発的に産み出された<キュビズム>(1907)や<未来派>(1909)そしてバウハウスと呼応するものとして文脈的に整理される。ロシアアヴァンギャルドの代表的人物はマレーヴィッチであるが、まさにマレーヴィッチの絵をカンディンスキーが継承しており、「バウハウス的なもの」との照応は明らかである。
さらに興味深いことは、バウハウスもロシアアヴァンギャルドもファシズムによって閉校に追いやられている事実だ。前者はナチズムによって、後者はスターリンの文化革命によって。それはなぜか? 例えばロシアアヴァンギャルドは、あまりにも先進的かつ難解すぎるゆえ農民らの支持が欠如していたという。一方でバウハウスも歴史や伝統を重んじるヒトラーが警鐘を鳴らし、彼らの芸術を<危険>だとみなした。詳細を論じる余裕はないが、要するにファシズムの台頭にあって、同時代にマインドを共有/分有する二つの芸術運動であったことは間違いない。

⑷<バウハウスの音楽化>としてのクラフトワーク

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なぜラフ・シモンズはポストパンクをモード化したのか? もう一つ鍵となる事実を確認したい。それはラフ自身が好んでクラフトワークやジョイディビジョンを聞いていた事実である。クラフトワークは言わずと知れたドイツのテクノ開祖者であり、前期メンバー二人はNeu!(ノイ)を結成していたりCANと親交があったりと、もともとクラウトロックバンドだった。 Kraftwerk=発電所という名の通り、彼らの生み出す音は無機的、工業的、電子的で冷たくクールであり、ドイツの薄暗い曇り空と工業地帯を連想させる。クラフトワークは自国文化への誇りを持ち、バウハウス的なものへも傾倒していたと考えられる。彼らのジャケットを見ればわかる通り、それらはバウハウス的=ロシアアヴァンギャルド的、あるいは<ロシア的>でもある。音数を少なくミニマムに空間を構築していくスタンスは、まさにカンディンスキーの絵を彷彿とさせる。

ジョイディビジョンのフロントマン、イアンカーティスはマンチェスターの憂鬱で何もない工業地帯の曇り空でまさにクラフトワークを愛聴していたのであり、ベルギーの地方で生まれ育ったラフシモンズも何も情報が流れてこない中で、クラフトワークとジョイディビジョン=ニューオーダーを愛聴し、それが彼のデザイナーとしての基幹となる。そこにあるベースは反逆と反骨のマインドに他ならない。音楽とはユースカルチャーの源泉である。若者にしかカルチャーは作れないし、歴史上おそらく体制的な大人がカルチャーを作ったことはない。
クラフトワークを<バウハウスの音楽化>だとすると、ラフシモンズの服は<ポストパンクの服装化>と同様に<バウハウスの服装化>とも言える。その内省的情動と反逆、ミニマリズムこそ、ラフシモンズを構成する要素であり、それ以降のデザイナーに計り知れない影響を与えた。

⑸ヴェトモンとラフシモンズと今後のモード
今までの流れのまとめ。ヴェトモンとラフシモンズ。私が見た感覚に従えば、ヴェトモンはラフシモンズっぽい。その源流を遡ってみたら、ロシアアヴァンギャルドとバウハウスに辿り着いた。そして両者を音楽的に表現して見せたテクノの開祖クラフトワーク、ポストパンクという内省的パンクの開祖ジョイディビジョン=ニューオーダーを経由することになった。ヴェトモンのデザイナー、デムナ、スタイリストのロッタがレイヴの洗礼を浴びたクラブで、もしかしたらニューオーダーの「Blue Monday」が掛かっていたかもしれない。そしてそれらのカルチャーは反逆の思想に根ざすものであった。ラフシモンズの服に描かれた「Anarchy」の文字はもはやパンクのそれである。ヴェトモンはバレンシアガを手がけ、そしてラフシモンズはジルサンダー、ディオールを経て今度はカルバンクラインへ就任との噂も流れている。アンダーグラウンドなストリートのマインドが、オーバーグラウンドの現代の最先端モードへ昇華される。ラフシモンズと同世代にエディスリマンという天才もいる。しかしエディはよりエレガントでセクシーなスタイルを描ききっており(最近は LAストリート感が顕著)、ラフシモンズのミニマリズムとも、マルジェラ=ヴェトモン的な脱構築的ストリートとも異なる。エディスリマンはすでにサンローランの引退を表明しており、今後は自分のブランドを立ち上げると思いきや、シャネルのデザイナーに就任するという噂も立っている。カールラガーフェルドの薫陶を受けていたエディなら、腑に落ちる。

2016年、モードが少しずつ大きなうねりを見せつつある。その渦中で、ヴェトモンのデムナはあくまでも自分たちの好きな服を、好きなカルチャーを通して作り上げていくだろうし、ラフシモンズはきっとその内省的ミニマリズムとストリートの見識を敷衍させてカルバンクラインをまた全く違ったものとして私たちに提示してくれるのだろう。おそらくポストパンクやバウハウスやロシアアヴァンギャルドがメインに躍り出てくることはなかろうとも、そのエッセンスが散りばめて現代の息を吹き込む彼らの洋服は間違いなく「強い」。この「強さ」は、私を何度も打ちのめさせ、その頼もしさに励まされるし、自分の愛する音楽やカルチャーを服装に落とし込む技は、ある種の希望を与えてくれさえする。アンダーグラウンドとオーバーグラウンドがメビウスの輪のように反転する彼らの仕事に、これからも目が離せない。