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ミニマルメロウの黄昏―OGRE YOU ASSHOLE―

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元ナンバーガールの田渕ひさ子氏が組んでいたtoddleというバンドを高校生の時に観に行った。地元の松本だ。その時に前座だったのがオウガユーアスホールだった。ダークなオルタナ感が凄くて、しどろもどろながら地を這うような印象を持った。どことなくレディオヘッドを彷彿とさせる要素があった。

あれから10年余り、またも地元のライブハウスでオウガのライブを観た。今度は完全なファンとして。
この10年余り、私が知らない間にオウガは少しずつ着実に深化していた。昔のUSインディ的要素が陰を潜める代わりに、カンやノイ!のようなクラウトロック的要素が濃く影を落とし、あるいは、ゆらゆら帝国の最期にして傑作『空洞です』以降を見据えたような音の作り方を志向していた。ある方面からはゆら帝フォロワーと揶揄されていたらしい。サウンドプロデュースしているメンバーが一緒ということもあるだろうが、最早ゆらゆら帝国と比較することも必要ないくらい、オウガはオウガの音を獲得している。
JPOPみたいなロックがある。それを否定することにより存立するロックがある。それをさらに否定して存立するポストロックなどの音楽がある。往々にして内省的で暗く沈鬱な耽美さを湛えるような音楽だ。さらにそれを相対化する音楽がある。思うにオウガの音楽はこの4段階に位置している。
大衆→ダサいからロック→そういうのがダサいからポストロック→もうなにもかも関係ない空洞ですロック←オウガ
 
 
 
希望も絶望もない世界。飄々と終末の世界を傍観する様は、確かに坂本慎太郎の音像に親和性が高い。自分たちの音楽をミニマルメロウと呼ぶ。ドラムとベースの執拗な同じフレーズの反復。そこに絡む、時にねっとりと、時に切れ味鋭いギター。ボーカル出戸学氏の浮遊感のある声色。空虚で意味不明なのだが、妙に頭に残ってしまう歌詞。それらが有機的に密着し合って熱量を上げ、中毒性の高いグルーヴが編まれゆく。
あと歌詞のなかでオウガは英語をほぼ使わない。聞いた事がない。私は日本人が英語で歌うのはあまり好きじゃない。日本人なんだから日本語で歌えよ、と思ってしまうところがある。『homely』、『100年後』、『ペーパークラフト』を彼らは三部作と位置づける。ある方面では『空洞です』のゆらゆら帝国―それはゆらゆら帝国が最後に残した、日本のサイケデリックロックのひとつの到達点でもあり、臨界点でもあった―の向こう側へ辿り着いたかのひょうな評価も散見される。実際、サウンドプロデューサーがゆらゆら帝国―坂本慎太郎―と同様である事実も手伝ってか、オウガはゆら帝のフォロワーだと思われがちだ。でもオウガはもうそういう次元に留まっていない。自らの音楽を「ミニマルメロウ」と呼ぶように、執拗なリズムの反復から展開される浮遊感ある音像は果たしてクラウトロックを彷彿させる。D.A.Nなど新世代日本人バンドの洗練された音像の源泉が、既にオウガに胚胎されている気もするし、初期オウガだっていまだに中毒性から免れられない唯一無二の世界感を放っている。フジファブリックのへなちょこ感ともまた違う、へなちょこ感。田園牧歌的な、長野県の田舎出身であるからこそ音像を想起される。いろんなレイヤーが重なりあって生まれる音は、温かみがあるにもかかわらず、哀愁や空虚さ、メランコリックというよりはノスタルジックな感覚へと誘う。まさに「ミニマルメロウ」である。今後の彼らのさらなる進化が楽しみでならない。