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ファッション/アウトドア/音楽/ミニマリズムなど

ミニマリストは拒食症的態度か?

BOOK/CRITIQUE

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去年から今年にかけて大流行したミニマリスト/ミニマリズム

私も少し気にはなって傾倒していた時期もあったけど、自分に合わず「ソフトミニマル」くらいに捉えて直す結果に。ブログや書籍を拝見すると、少ないことを楽しむという「より少ないことの方が良い」という思想が過剰に喧伝されている。服も10着しか持たないだとか、買うなら間違いないベーシックな白シャツとチノパンとジャケットだとか。服だけでなく机や椅子を持たず質素な暮らしを志向するさまは囚人に近いとも思えた。ミニマリズムは果たして解放の思想か?私にとっては違った。ミニマリズムとは結局ヒッピー的な自由な思想ではなくてガッチガチにルール化され制約された中でモノと離れる=断捨離する態度であり、逆説的にモノへの執拗な執着と拒絶へと反転していると思われる。

そこで気づいたのが、このミニマリスト的態度が拒食症に似ているな、ということ。拒食症は食べることを拒絶する。心理学的には「食べる」ことは「愛」に繋がるから「愛情の拒絶」である、ということを聞いたことがある。一方で過食症は「愛を過剰に求めている」とも言えるかもしれない。物質的なものを求めすぎて部屋がモノで溢れかえる人は買うことによって刹那的な快楽を得ようとする過食症的態度に親和性が高い。

ミニマリズム(ここでいうミニマリズムはアートのそれではなく、昨今流行りのそれに準拠する)は徹底的に不要なものをそぎ落とし、必要であると思えるものもアウトソーシングして基本は「持たない暮らし」を志向する。「長くつかえる良いもの」「作りの良いもの」「シンプルなもの」を第一命題とする態度は昨今の「ライフスタイル系」やノームコアを色濃く反映している。しかしそこには「カルチャー」がない。

私のみならず服が好きな人とは、服と言うより、その服に反映しているカルチャーが好きなのだ。ここで詳細は語れないがオシャレと服好きは違うと思う。私は後者だが、後者はオタクだ。シュプリームは前のブログ書いたようにその「カルチャー消費」としての価値がある。というよりそこにしか価値がない。ミニマリストはカルチャーになるだろうか。アイコンとしてスティーブ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグのように「同じ服しか着ないんだよ、服に悩むのに選択する労力を使いたくないから」なんていうミサワ的なことをパンピーが言うのはあまりにもイタい。が、ここまでAppleが普及したのもミニマリズムの素地を作った要因だろう。

しかし、拒食症にもカルチャーがないように、ミニマリストにも、パンクやヒップホップやスケーターやバウハウスのようなカルチャーがあれば良いのだが、いかんせん、ミニマリストを喧伝している人からカルチャーが見出せない。あったとても「禅」とかそんな古風なものへと回収されている。私は服は記号だと思う。ジョイディビジョンのTシャツを着ることはジョイディビジョンが、ポストパンクが好きなことの表明であり、わかりやすい。一方でミニマリストはプレーンなものしか着ない傾向にある。プレーンなものは私は大好きだけれども、身体のラインやセンスが如実に露呈してしまい、意外に難しい。さらに数着しか持ってないからプレーンな状態が続く。プレーンヨーグルトをいつまで食べ続けられるだろうか。

私たちは自由にモノを選べて、好きなものを買えることにもっと喜びをもって接した方が良いんじゃないかと思う。「服選ぶのめんどくさいから同じものしか着ないわー」というジョブズ的なものに反して、服を選ぶ歓び、ああだこうだ悩む歓びを私は味わいたい。ミニマリストは教訓めいて説教じみてる割には何もない。モノが増えれば増えるとほど憂鬱になってしまい、それを拒絶しようとする自然回帰的な思想でもあり、都会から地方都市(松本)などに移住する方のマインドと似ているのかもしれない。前に「パリピ経済」で原田曜平氏は「パリピ」や「マイルドヤンキー」というクラスタを見出したが、私は「MUJIクラフト系女子」と言いたくなるような「自然派主義」「&プレミアムやクーネルなどの雑誌を読む」「無印良品が志向」「タイトな服よりリラックスした服」などの層がミニマリズムと親和性が高いと推測している。都会の過剰消費とシミュラークル(死語?)な世界に飽和し、自然を求め地方でのんびり悠々自適に暮らす...それができず都会で悶々としている人々のためにミニマリズムは要請されているのかもしれない。

あるいはミニマリズムの徹底化は「無」へと至る思想であり、私としては「無」へ行き着くことはとても虚しく感じられる。シンプルライフやストレスフリー、という常套句が一気に陳腐に聞こえてしまう。この流れは当分続くんだろうけど、百貨店とか洋服を売っている方々は頭を悩まされているのかもしれない。無印や無地しか売れないことになってしまうのだから。

ただ誤解のないように言っておくと私もシンプルが大好きだし秩序立った生活を志向している。が、あまりにも過剰になりすぎて色々なものを唾棄するような態度は本当に拒食症的に見えてしまうよな、ということが言いたかっただけです。モノへの愛と、モノへの執着は違うし、モノへの無関心と、モノへの憎悪も違う。

私は物欲まみれな人間なので、物質的なものへのフェティッシュは保っている自分でありたいなーと思いました。…それがミニマリスト的な態度か否かは別にして…アイロニカルなミニマリストと言われれば、それまでですね。