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ファッション/アウトドア/音楽/ミニマリズムなど

Savages@ホステスクラブオールナイター/サマソニ2016年8月20日

 

サベージズ?  サヴェージズ? どちらでもいい。2016年8月のサヴェージズは進化/深化していた。初めて公演を見たのは恵比寿リキッドルームでのライブ。2013年の秋冬頃だったと思う。一曲目のShut upのベースラインがのっけから男前すぎて、すっかり虜になっていたところでのライブだった。全員真っ黒の衣装に身を包んだ女性4人の鋭角な旋律とボーカルのジェニーのかっこよさに痺れた。やはりそこはかとなくジョイディビジョンの匂いを感じたものだ。

あれからおよそ2年半。今年初めに出た新譜を携えたサヴェージズ、来日するだろう、サマソニあたりだろうなあ、と予想していたらホステスクラブオールナイターだった。日中の炎天下のサマソニよりもサヴェージズはホステスの冷たい深夜が似合っている。去年も私はトムヨークとジョンホプキンスを見に参加。今度はやはりサヴェージズ目当てで見に行ってきた。実質、ディアハンターやダイナソーJr、アニマルコレクティブなどそそるバンドが目白押しだったのだが、ここではやはりサヴェージズについて触れざるを得ない。

ホステスクラブオールナイターというイベントにおいてサヴェージズのみに意味を見出したのは、胸を張って好きなバンドがサヴェージズしかいないからだ。ダイナソージュニアやディアハンターに関してはApple Musicでチラ聴きした程度のぺーぺーだ。だから感想すら書く資格はない。

サヴェージズだ。レインボーステージという名前に反して、やはり彼女たちは漆黒だった。以前となんら変わらない。はずなのだが、ツヤ感がより増した気がする。歪んだギターとジョイディビジョンのフッキーよろしくテンテテ節をかましてくる。ベースが前よりもしっかりと聞こえてくる。より音の純度が高くなっている。

ジェニーはポエトリーリーディングのように歌詞をはっきり伝えようと、男まさりかつツヤのある声を深夜に響かせる。

2枚目のアルバムAdoreはlove songを書いたとジェニーは言っていた。1枚目のアルバムよりも色気が増し、艶やかになったような気もするし、静と動の抑揚が出てきた。ポストパンクの典型的なテンテテ節だけじゃない。ジェマのギターもより技巧的、空間的な拡がりをみせていた。そしてサヴェージズは何よりもジェニーの佇まいなんだと改めて思い知った。首を怪我してしまい、スカーフのようなものを巻いていたけれど、それさえも様になっていたし、怪我であることを忘れてしまうくらいクールな所作に感銘を受けた。とにかく服装、髪型、顔つき、すべてがパーフェクトなのだ。もうあれ以上ポストパンクの女の子の顔つきは考えられないほど、ポストパンクなのだ。

思えば二十代後半の冴えない日々を支えてくれたのはSavagesとXXの音楽だった。だからジェニーが途中で舞台を降りて、最前列を飛び越えて観客に語りかけるように、力強く歌ってくれたのは、とても嬉しかった。すごく近くまで来てくれた。こんなファンサービスはきっとカインドネス以来だ。

 

明日もしかしたら死ぬかもしれない、だからこう言う必要がある。

「私は人生を愛している」

 

Adoreという表題曲の中心部分を意訳した。サヴェージズは漆黒の服を着た4人だが、ただ悲しみや憎しみや怒りを音に乗せているパンクではない。ポストパンクは、その感情や感覚を内省的に昇華する。自己と徹底的に向き合った挙句イアンカーティスが死へと向かっていったのとは逆に、サヴェージズは愛へ向かっていた。他者への愛、というよりも、自分の人生を愛するということ。他者と共に生きていかざるをえない、社会的なものに包摂されざるをえない私たちの窮屈にも思える生活。その静と動のあわい。浮かんでは消える一瞬一瞬を、死と隣り合わせに生きることへの肯定を、ジェニーから感じた。感想でもレポートでもなく、セトリもない。サベージズなのかサヴェージズなのかもわからない。この文は単に私的で過剰な表現かもしれない。しかしそれほど、今回のホステスでの彼女たちは以前より進化ー深化していたし、異彩を放っていた。

そして、こんなに素晴らしいガールズバンドを、俺は他に知らない。