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母が30年以上前から着ているブラウスに思う事

先日母に久々にあった時、私が幼少期の頃から見ていたシャツを着ていた。ボルドーと黒で葉が総柄で描かれていたシャツは、プリーツ調のテクスチャーで、自分の子供の頃を彷彿とさせる懐かさと親しみを帯び、同時にファッションとしてのシックさを母へもたらしていた。

昔はそんなことを感じたこともなかったのだが、自分の目がようやくその地点にまで追いついたのか何なのかわからないが、長年母が着ているその赤黒のシャツは、ドリスヴァンノッテン的な雰囲気を醸し出していた。

母の物持ちの良さは有名で、殆ど新品の服は買わない。経年変化による退化もほとんど見られない。

それと比較して私はやや飽き性で、すぐに新しいものへ飛びついてしまう。今着ているものたちも、いつか手離してしまうのだろうか。。

一生モノとは、雑誌が喧伝するベーシックではなく、その人によって変わるんだと思う。その母の着てるシャツのブランド名を私は知らない。本来的な意味の「ブランド」とは、モノ自体ではない。「ブランド」はその人が日々を重ねて着ている中で醸成されていくと思う。

ルイヴィトンやシュプリーム のようなわかりやすい記号ではない。マルジェラやジルサンダーのやうな匿名性の高いものでもない。

何でもない一枚のシャツ。母がそのシャツを30年以上前から大切に大切に着ている事実そのもの、その歴史が価値=ブランドとなる。

自分もブランド名に頼ることなく、自分のブランドになりうるような相棒と、できれば30年後にまだスタメンで残りうる服に出会いたい。