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2010年台の音楽

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この本がなかなか示唆的で面白かったので、この10年の音楽の所感を…

 

2010年代の音楽、特に後半はとても豊かだったなぁと…

2000年に産声をあげたレディオヘッドのキッドAは既存のロックのフォーマットを解体した。それに反動するようにストロークスやフランツ、アークティックモンキーズまでのロックリバイバルが生まれ、2008年頃に隆盛をきわめたジャスティスやデジタリズム、クラクソンズ、キツネなどのエレクトロサウンド。だがその流行もレディガガの登場と共に忘れ去られてしまう。

この頃から僕はフライングロータスやロバートグラスパーなどレディオヘッドが作り出した「ジャズとビートミュージック」に傾倒する。あるいは古き良きビーバップ、ハードバップ、モードジャズへ…

そして別の方法でブラックミュージックやヒップホップの要素を取り入れつつもジョイディビジョンの衣鉢を継ぐthe xxの「発見」はレディオヘッド以降最も大きな衝撃を僕に与える。

裏ではヒップホップの歴史からもっとも豊穣な収穫を迎えている。ルーツ、コモン、Jディラ周辺のいわゆるソウルクエリアンズやケンドリックラマー、日本ではPSG,Flash Backs,Summit周辺に親炙する。2015年以降、日本語ラップは他のどのジャンルよりもクールで熱い盛り上がりを間違いなく見せてくれた。この頃から僕はヒップホップのイベントに足繁く通い、ロックの高揚感とは違う「バイブス」に身を委ねる。

我らがヒーロー、PUNPEEが星野源とコラボした2019年はその象徴だった。

あるいはBECKのSea change以降の系譜を継ぐようなローファイサウンドやソフトサイケ周辺、マックデマルコやコナンモカシン、日本ではオウガユーアスホール、ミツメなどを聴く。音数を少なくミニマルなグルーヴを反復させて高揚感を与えるこの音楽は、ヒップホップで言えばカニエウエスト808s以降のトラップの台頭に類似している…

BPM120を越えるダンスミュージックを聴くことはなくなってしまい、BPM60-70後半のスローテンポに「空白を配置する」快感を覚えた。ロックのような、空間をすべて音で塗り尽くしてしまう音楽は聴かなくなった。

その中でもオウガとミツメは空白をまるで水彩の抽象画のように扱う希有なバンドだった。「音が成立するかしないかギリギリのライン」を求めるオウガが松本から発信されていることも嬉しかった。

SpotifyやApple Musicが高校の頃にあったなら、どうなっていたのだろう。

いま聴いている音楽の中で10年後も大切に聴いている音楽はどれほどあるだろうか。

そう考えると、タイムレスな音楽というのは意外に少ないかもしれない。レディオヘッドやBECKはもうすでに25年前。立派なクラシックだ。

2020年台の音楽もどうなるのか、ワクワクは止まらない。

2020年ウルトラライト登山の旅①ーきっかけ

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(2016年頃、徳沢ー横尾らへんで撮影)

コロナ禍の中、しばしば登山のことを考えていた。このブログでも、最初期のほうではウルトラライト登山について言及しているが、数年回ってまた現在、ウルトラライト登山について再考している。一時期ウルトラライトから、自分独自の「日常の延長としての登山」などと位置付けていた時もあった。それから毎年登山に行くものの、ここ4年くらいはウルトラライトそのものを本格的に意識してはいなかったように思える。

最高のきっかけは、情けない話だが昨年2月にやらかした、ぎっくり腰に起因する。それまで熱心に続けていたランニングも、そこまで本格的に出来なくなってしまった。登山でももちろん、重い荷物を背負いながら何泊も縦走することは難しい。となると、やはりウルトラライトにならざるを得ない。

ウルトラライトとは、文字通り、超軽量な格好で山に繰り出して自然と近い距離感で山を楽しむことを本質とする。私も数年ぶりにもう一度、ギアについて再考する時が来たのだった。

試しにYouTubeを見てみると、この4年でYouTuberが増加したおかげで多くの「登山YouTuber」的な人々が活躍し、時に山に登り、時にお気に入りのギアを紹介していた。時代はブログの文字情報ではなく、動画の視覚情報なのかもしれない。

さて、私はギチギチに荷物を切り詰める極限のウルトラライト(以下UL)スタイルはおそらく性に合わない気がするので、ソフトULスタイルで行きたいなと思いなおした。ULのベースウェイト(消費するもの以外の総重量)は4〜5キロらしい。

 

よし、と思い私は自らのギアを総点検し、ひとつひとつのギアの重量を測るべく、キッチンにあるタニタの秤を妻にバレないように取り出したのだった。