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11月は何も買っていないー服装の制服化再考

11月、特に欲しい服もなく、何も買っていない。

 

それどころか、今まで買ったGraphpaperのウールボアやAURALEEのチェックのブルゾン、今期COMOLIのタイロッケンコートなど、いきなりしっくり来なく感じてしまい、売ってしまった。どれも定価で売れたので、プラマイはゼロ。基本、値崩れしにくいミーハーな服が多いのが怪我の功名だった。

 

残っている服がおそらくお気に入り、というか飽きにくい服なのだろう。

AURALEEの黒のブルゾンやニット、COMOLIの3年前のタイロッケンコートは未だに着ても飽きない。

 

先週、親友の結婚式に出席した。やはりスーツがとても好きなスタイルだと改めて感じた。

職場は服装規定がないので、自由だが、その分最近コーディネートをいちいち考えるのが面倒になってきた。

とりあえず仕事の日はスーツあるいはジャケパンと決めてしまえば良いのではないか。

スーツで出勤するメリットの1つは、忙しい寝起き後にあれやこれやとコーディネートに悩まずとも強制的にスタイリングが組める点だ。もちろん、Vゾーンの配色などはあるわけだが、まだスーツの方が良い。

 

昨今のスニーカー通勤やウォームビズやクールビズ、をみると、スーツを崩してしまうので、とたんにダサくなってしまう例が多いと感じる。それほどスーツのカジュアルダウンはセンスが問われる行為なのだと思う。

 

例えばハイゲージのクルーやタートルネックを合わせるだけにしないと、どうしてもスーツ地にスニーカーは違和感がありませんかね。ジャケパンなら良いと思うけど。

 

要するに、また5年前くらいのジャケパンやキレイめの服装が良いなと思い始めた今日この頃でした。

 

2019年秋冬における服について

最近、納得できる服が少ないことがわかった。

例えばバンドTシャツ。着ないとわからないが、安い生地で作られているため、生地が薄い。デザインは施されているものの、生地がデザインより下回っていると、やはり私は「生地ありき」と思ってしまう。よってバンドTシャツは慎重な吟味を伴う。

バンドTシャツだけでない。数多あるストリートブランドのボディはギルダンやフルーツやユナイテッドアスレだ。そこにロゴが載るだけで数倍の値段に膨れ上がる。そこでの価値はロゴなのであり、何のボディなのか、コットンの品種や製造過程、着心地が問われることはない。

 

シルエットについて。

そろそろビッグシルエットも落ち着いて、ジャストサイズに揺り戻しが来ると思う。数年前デムナのvetementを皮切りに雨後の筍の如くビッグシルエットが跋扈したことは懐かしくもある。

時に、私の好きなバンドでオウガユーアスホールというバンドがいる。彼らは世界の音楽的なトレンドとは別の場所で音楽を作っているが、知らぬ間にコナン・モカシンや幾何学模様などのアーティストと共振関係にある。服装もデビュー時から全く変わってない。

彼らをみていると、音楽にしても服にしても流行を追うことがいかに疲れを伴うのかがわかる。オウガは流行りを追う行為の愚昧さに陥ることなく、音楽制作に勤しんでいるように思われる。

服も音楽も消費の対象であるし、飽きられるスピードは驚くほど早い。

ちょっとしたリラックスシルエットで「今っぽさ」を出すのは良いけど、リラックスシルエットは「今っぽい」から着るのではなく、その快適さで着るものなのだろう。

おそらくけたたましく喧伝されてきたビッグシルエットも向こう数年で鳴りを潜めるだろう。バブアーやスメドレー、パラブーツのようなヘビーデューティー、オーセンティックカジュアルはまだ残り続けるだろう。AURALEEやCOMOLIもあと5年後、残り続けており、私も着続けているだろうか。

このブログで何度も何度も言っているように、完璧な服など存在しない。一生モノなんてないし、気分によって、流行によって持ち物が変わるのが世の常だ。

だからこそ、自分がいま3年以上使っている服は貴重であり、それだけは信じられる服だろう。それに近しいものを求めていけばいいのではないか。

そんなことを考えながら、深まる秋の服を今日も悩んでいる。