Jの訃報から1週間が経ち、親交のあったアーティストからも続々とSNSの投稿が見られて、私もようやく落ち着いてきた。特に励まされたのが、Abemaで生中継していた、STUTSとDaichi Yamamotoが出演するイベント。最後のSTUTSしか見られなかったけど、最初の一曲を除くすべてにおいてSTUTSとJJJとの共作を披露していた。
STUTSのインスタの投稿を見ても相当な期間を共にした盟友であり、その悲しみは計り知れない。しかし、託された音楽があり、我々はそれでも前に進んでいかないといけない。そのような強い意志をSTUTSから感じることができた。もう喪に服すときは過ぎたのだろう。そう、私の生活も続く。
日曜に友人の家に招かれて、食事会をした。フランスやイタリアの料理がコースで出てきて、非常に美味しく、心が動かされた。作ってもらった料理はいつでも人の心を動かす。ライブで好きなアーティストを見る時のように。非常に楽しく美味しいひと時だったのだが、帰宅後、夜になると明日右脇から痛みが生じている。何か捻ったかな、放置して様子でも見るか、とおもい湿布を貼って一夜明けても、まだ痛いどころか、痛みが強まって起き上がるのもズキン、と痛む。かつて味わったギックリ腰にとても似ている。肋骨あたりのギックリ腰というか。呼吸も痛くてつらく、仕方なく近くの整形外科へ。レントゲン後、どうやら右脇腹の一番したの肋骨の先端に影が見えており、骨折している、と。人生初の骨折である。
「おお、これが骨折の痛みか」と思いつつ、サポーターを当てがってもらう。確かに下腹部と肋骨が固定されて楽だ。重いものを持ったり、走ったりは当面の間できず、安静に過ごさねばならない。ロキソプロフェンと胃薬、湿布を貰って帰路についた。
なんか艱難辛苦とかいうことわざが頭をよぎる。あるいはJの「知ってる 立てば転ぶようにできて繰り返す」というEye Spliceのライン。
辛いことは続くが、それでもタフに行かねばならない。とくに食欲が落ちるわけでもなく、逆に知らぬ間に鬱積している脂肪にさらに憂鬱になりそうである。結構自他ともに認めるポジティブ思考の持ち主なのだけど、新年度幸先が悪い。
こういう時はとりあえずKREVAに頼る事が多い。Jが欠席したライブの前日は、江戸川区でKREVAのライブだった。そこでKREVAはいみじくも、「次会う時」という新曲を披露するさいに、「俺はポジティブな歌しか書かないからさ。そんなの聞きたくねえよ、って時期があると思う。そういうときは俺の音楽から離れてもいいよ。でも、離れてる時でも俺はこうやって場を作ってライブしてるから。また何年か経っていつでも帰ってこれる空間を作ってるから。いつかまた戻ってきて、また楽しんでくれたら嬉しい」という趣旨のことを言っていた。「次会う時まで生きていて」というフックが印象的で、いまさら心に響く。
Jの音楽もKREVAの音楽も俺にとっては救いであり、人生の指針になっている。
様々な思いが交錯するなか、精神的な苦痛よりも重い肋骨の実存的な痛みに耐えながら、4月を乗り越えたい。
ps.XGのCoachellaもとても良かった。